2010年6月13日 自転車 皇居一周

銀座の歩行者天国で
銀座の歩行者天国で

いつもの4人で市川橋に集合、千葉街道を一路南下、目的地の銀座・皇居一周をして人形町・14号で市川着です。銀座ニコラス ハイエックセンターで行われている有名メーカの展示を見学、さすが銀座 敷居が高かったのですが、わしら4人のおっさんは半ズボンに汚れたスニーカーで店内へ入って行きました。店内はスイス時計スウォッチをはじめ、ブレゲ、ブランパン、グラスヒュッテ・オリジナル、ジャケ・ドロー、レオン・アト、オメガなど12のブランドを展開する SWATCH GROUP JAPAN の総本部です。
 ニコラス ハイエックセンターこの名前はスイスのスウォッチグループ本社代表取締役会長の名前のようです。(調べました) 
設計は、建築家の坂茂氏、施工はスルガコーポレーション・鹿島建設です。 
鉄骨造地上14階、地下2階建ての建物は、低層部が各ブランドの旗艦店、ルーフトップ(最上階)には多目的イベントホール、中間にはオフィス機能を持たせたスウォッチビルです。 全窓全開になる凄い仕掛けに溢れた、驚きの建築でした。買うつもりはなかったのですが
つい買ってしまいました。スウォッチ時計。 iwaさんもお買い上げです。隣の銀座ライオンでのどを潤おし、日比谷公園の中を横切り次の目的地・皇居一周に向かいました。丸の内側の 内堀通りは自転車道に解放されていましたスイスイ快適に進むことができ場内を軽く見学の後左まわりで周回に出発。どこの主催かわかりませんが皇居一周マラソンが開催されていました。
帰りは人形町のラーメン屋で昼食、私はおなかすいていなかったので名物のタイ焼きを買って食べました。その時は知らなかったのですが帰ってから有名だと知りました。ただ180円はちょっと高いかな。

2010年4月29日 鳴虫山

 日光東照宮の向かい側にある鳴虫山に行ってきました。この時期、アカヤシオの花が見ごろとなり、遅めの花見を兼ねてのハイキングのはずでした。

 週間予報では、この日から行楽日和のはずでしたが、前日の予報で昼ごろから雨の予報に変わってしまいました。ちょっと悪い予感が!

 市川を午前4時ごろ出発、登山口には6時半過ぎに到着。雲が厚く、山の上は雲の中です。気温も低く、寒いくらいです。

 登り始めると、すぐに急登となり、さらに前日の雨のためにぬかるんで滑ること、このうえない。

 今回、初参加の女性方が3人はどいたのですが、そうそにブーイングが出始めました。そうそう、お誘いしたときは、「超ハイキングで、花見に行くようなものですから運動靴で十分ですよ」と誰かが云ってましたっけ?km女が、「これってハイキング?ぜんぜん登山でしょう」とのたまう。 つづく。

2010年4月4日 自転車クラブ

はい ポーズ。
はい ポーズ。

asさん、kuriさん私Q3人で スカイツリー・隅田川・浅草寺・樋口一葉記念館と行ってきました。曇り空の天気で気温が低く少し寒かったです。スカイツリーは見聞人が多くあちこちでシャッターを切る人がいました。わしらもぱちりと撮っていただきました。浅草寺は平成の大営繕で工事中でした。でも中は拝殿することができます。皆さんの健康とご多幸を祈願してきました。樋口一葉記念館、千束 見返り柳を観て昼食は三ノ輪のうどん屋さんでカレーうどんを食べて体を温めました。ここは以前asさんが近くのマンションを建てたときに時々利用したそうです。その話をしたら店主のおばさんが巻きずしをサービスしてくれました。大変おいしかったです。ありがとうございました。帰路はasさんが設計したマンションを横目に明治通り、国道6号と松戸方面へ 今年初めての自転車でしたので脚力が落ちていました。また少しづつ始めます。

2010年4月3日 日光白根山

山頂近くの急登
山頂近くの急登

 kotsさんと私の同級生夫婦の4人で白根山に登ってきました。天気も上々、風も無く雪山としては最高の条件でした。樹林帯の雪も程よくしまり、ラッセル、やスノーシューの出番は無く、ほぼ夏時間で歩けました。森林限界を越えてからは雪も少なく、ほぼ夏道通り歩くことが出来ました。山頂からは男山をはじめ日光連山、中禅寺湖、尾瀬の燧ケ岳、至仏、武尊山等、360度の大展望を満喫できました。帰りは温泉につかり、いわなをつまみに一杯。もちろん私は麦茶。 kai

2010年3月28日 弥彦山

オオミスミソウ
オオミスミソウ

ミスミソウを見に新潟県の国上山と弥彦山に行って来ました。しかし季節はずれの寒波に見舞われ、雪山となってしまいました。

花達はすべて雪に埋まり、山頂の宴会も寒さのため一気飲み状態でした。それでも皆さん雪山をけっこう楽しんだようです。

山ではなんとか天気は持ちましたが、帰りは吹雪きの三国越え、そして水上から花園まで60キロにおよぶ大渋滞にはまり、長いドライブとなりました。ほとんどの皆さんはこの渋滞を知らないでしょう。温泉入浴後、夕食には早かったので、酒とつまみを仕入れて車中宴会。宴会終了後、眠りつくと同時に渋滞につかまりました。それでも午後9時半ごろには市川に到着しました。 kai記

2010年3月22日 鋸山

石切場跡
石切場跡

今回は房総の名山、鋸山です。千葉の方なら誰もが知ってる山ですが、ロープウェイを使わず、保田の海岸から山の裏側に回りこみ、三角点を踏む本格登山です。(詳しくはヤマレコenokinokai参照)

若い頃に行ったことが二度ほどあるのですが、石切り場跡は今回初めてでした。なかなか迫力のある眺めで、人工物ですが、これはこれで楽しめます。

昼は日本寺境内の地獄覗き展望台で観光客を尻目にメザシを焼いての大宴会でした。kotsさんあたりはべろべろで、五百羅漢に話かけていました。

帰りは、例のごとくばんやにより夕食をとったのですが、三連休の最終日、メニューはことごとく品切れ、選ぶ余地がありません。みやげの干物はなんとかゲットして、渋滞の中、市川に8時頃戻りました。 kai記

2010年2月28日 日光戦場ヶ原

雪の戦場ヶ原
雪の戦場ヶ原

当初、房総の鋸山を計画したのですが、天気予報では一日冷たい雨とのこと。この時期、雨に打たれての登山はきついので中止も考えたのですが、せっかく大勢のメンバーがそろったので、雨より雪の方がまだましと前夜、日光に変更しました。

そろったメンバーの顔を見て、計画の変更は毎度の私です。これも最高の山を楽しんでもらおうとの気持ちからですので勘弁してね!

予報は当たり、車中は雨。しかしいろは坂を登り始めると完全に雪となり、路面にはすでに数センチの積雪が。冬はスタッドレスを履きっぱなしの車は難なく登って行きます。

登り着いた戦場ヶ原は一面の銀世界と云うより、灰色の世界。しんしんと雪が降り、薄暗い。救いはまったくの無風で寒さを感じないことです。

戦場ヶ原の遊歩道に入ると木道にはしっかり雪があり、踏み外すと股下までもぐってしまいます。

湯ノ滝も近づくとハイカーも多くなり、トレースもしっかりして歩きやすくなりました。しかし、ほとんど方がスノーシューかスキーで、ツボアシ軍団は我々ぐらいです。これだけ踏み固めてあればツボアシで十分、スノーシューやスキーはかえって歩きづらいのでは?

滝を見物後、いつものごとく宴会です。備え付けのテーブルとイスを除雪して、飲みはじめる頃には雪も止んで、樹間からは山々が見えだし、最高のロケーションになりました。

よほど普段の行いがいいのでしょう。帰りは男体山もバッチリ出てきて、日も差してきました。kai記

2010年1月24日 伊予ヶ岳 冨山

冨山から三宅島 噴煙も?
冨山から三宅島 噴煙も?

この日は翌日に、新聞が房総からの富士山を載せるほど好天に恵まれました。富士山も裾野から全部見え、ひときわでかく見えます。大島をはじめ他の伊豆七島も見えます。かすかに三宅島の噴煙を見ることができました。

冨山で昼食をとり、展望台でゆっくり景色を堪能している間にQさんは昼ねをはじめるしまつ。それほどぽかぽかな陽気になりました。kai記

2009年12月6日 荒船山

転落事故発生の注意書き!
転落事故発生の注意書き!

kuriさんの「クレヨンシンチャンの慰霊登山に行こう」の言葉に荒船山に行ってきました。まだ雪は無いだろうと思っていたら、すっかり雪山でした。

落下現場の艫岩には落下事故発生、注意の看板があり、こわごわ下を覗くも、あまりの高さに立ってられませんでした。

天気は最高で、雪の浅間山を正面に、遠くには北アルプス、樹間からは八ヶ岳も良く見え景色も十分に楽しめました。しんのすけの冥福を祈りながら。違うか? kai記

2009年11月3日 塔ノ岳

塔の岳から富士山をバックに
塔の岳から富士山をバックに

早朝は凄い風でしたが、登るにつれて風も止み最高の天気になりました。私は丹沢に3、40回は来てますが、これほどの透明度はかつてありません。晴れてても遠くは霞んでしまう丹沢です。海が近いのでガスってしまうことが多いのです。朝の強風がかえって良かったようです。

asaさんは、山にきて海まで楽しめると大変喜んでいます。房総半島もしっかり、江ノ島も足下、伊豆半島の先には伊豆七島。そして富士山がドカーンとあります。

帰りには鹿にも接近遭遇。kuriさんいたく感激したらしく、すれ違う登山者にこの先に鹿がいることをいちいち教えています。kuriさん、丹沢では鹿、ぜんぜん珍しくないから!

2009年10月24日 磐梯山

サルではなくkaiです。芋は近江産
サルではなくkaiです。芋は近江産

Qさんの東北の山に行きましょうよの言葉に磐梯山に行ってきました。Qさんは、ただたんに自分の家に早く帰れるから東北の山ではなく外環を使って欲しかっただけですけどね!

天気予報は晴れのはずでしたが、一日中曇りのいまいちの天気になってしまいました。それでも麓では紅葉を楽しめ、まずまず登山でした。帰りに寄ったホテルの温泉は、偶然Qさんが奥さんと二人で来たホテルでした。ただ記憶があいまいで風呂に入ってからここ来た事あると言い出し、相手も奥さんだかどうだか怪しいものです。奥さんがこれを読まないことを祈ります。kai記

2009年9月20~21 日 北岳

北岳をバックに
北岳をバックに

南アルプスの白根三山縦走を計画。最初は小屋泊まりと思っていたのですが、テントにしましょうと言う声が上がりいつの間にかテント山行に?

私としては、皆さんにそれほどの体力があるかはなはだ疑問でしたので、北岳山荘では食事提供とお昼をお願いし極力装備の軽量化を図りました。だってkotsさん以外ザック小さすぎ!テント等、共同装備のほとんどをkotsさんにお願いしました。

私ですか?私は何かの時にそなえ体力温存です。ひひひ。

この山、最初から少しおかしかった!行きの車中でQさんがいきなり、車止めてと叫び出し。暗がりの中にティシュをもって消えて行きました。ライトで照らそうかと言うと、ヤメテーとか弱い返事がありました。

今回は、慎重にkotsさんを先頭に頼みわざとゆっくり歩くようにお願いしました。かってに歩かせると最初に飛ばし過ぎて後半へろへろになる、おっちゃんばかりなので!

しかし、ここのところ山ご無沙汰のmasさんが遅れ出します。ザックと体力に余裕のあるkotsさんに重い荷物を移すもかなり苦しいようすです。

途中で、珍しくQさんがmasさんのザックを持ちましょうと言い出しびっくり。おいおい自分が先につぶれんじゃないのと内心あきれてしまいました。どこで根を上げるか楽しみにしていたのに、asaさんが途中で交代を買って出て、喜んでザックを渡すQさんでした。

空身になったmasさんですが、ペースはあがらず、やっとの思いで北岳山頂に到着。北岳山荘が眼下に見えます。

すぐそばに見えた北岳山荘ですが、けっこう遠かった。ほとんど最終組です。食事も4,5回目の最終になり暗くなってしまいました。

masさんは疲労困ぱいで夕食もとれずじまい。この時点で三山の縦走はあきらめ翌朝下山することに決定。皆さんに何の異論もなくかえって喜んだかも?

間ノ岳、農鳥岳のピークは逃したもののこの両日の天気は素晴らしく、富士山、八つ、北、中央アルプス、目の前には甲斐駒、千丈、鳳凰三山、重々と連なる南アルプスの山と最高の景色を堪能。最高の日の出も見られたし、充実の登山でした。

2009年9月13日 富士山

剣が峰
剣が峰

くりちゃんの希望で富士山に行ってきました。同行の私は積雪期も含め十数回目、こつさんは三回目の富士山となりました。この経験がおおきな差となった富士登山になりました。

今回、選んだのは須走口と呼ばれる河口湖口と御殿場口の間にある登り口で、歩き始めの五合目が2000Mとちょっと低いですが、富士山でもっともおもしろい登山道です。八合目辺りで河口湖口と合流しますが、七合目までは植生が豊かで目を楽しませてくれます。    

市川を午前3時に出発、五合目を5時半から歩き始めることが出来ました。最初は樹林帯から始まります。くりちゃんは大張り切りで先頭を物凄いスピードで登って行きます。私はなんとか食らいつきます。こつさんは遅れぎみです。次週のテント山行のトレーニングのため、でかいザックに余計な物まで詰め込んでいます。それでもなんかついてきます。

ペースが早過ぎるとは思いましたが、翌日の仕事のこともあり夕方には帰宅したかったので、黙ってついていきました。しかしそれも最初の30分でした。傾斜が急になるとペースダウン、こつさんも私も余裕でついて行けるようになりました。花の写真を撮るゆとりもでました。

スピードダウンはしたものの七合目までは2時間ちょっととコースマイムの半分近くで登れたので、そうとうな速さです。標高差1000Mを2時ちょっとです。あと800Mです。けっこう早く帰れそうだとぬか喜びをしたのもつかの間。ここからが大変でした。

くりちゃん力を出しきったのか、完全に亀になってしまいました。まともに歩けないのです。ゾンビが登っているような感じです。休憩も頻繁に入れないと歩けません。休憩に入ると、眠い、眠いと寝てしまいます。ほとんど気力だけで登っています。

反対にこつさんはやたらと元気です。空気が薄く、クライマーズハイになっているのかもしれません。ただ天気が素晴らしくいいのです、昨日の雨が未明まで残っていたにもかかわらず、どんどん雲が無くなり、ど快晴になりました。また空気が澄んでいてかなり遠くまで見渡せます。こんなに視界の開けた富士山は、私も初めてです。こつさんばかりではなく私もうきうきしてきます。

くりちゃんは景色も目に入らない様子で、足元だけを見て登ってきます。しかし登頂をあきらめようとはしません。きゅうさんなら、ここであきらめるところです。

ゆっくりでしたが着実に歩みを進め、コースタイムを多少オーバーする3時間半、午前1130分に河口湖口山頂に着きました。なんとか富士山のお鉢につきました。

ここを山頂としてご来光を拝んだら下山というのが一般的な富士登山です。しかし登山を趣味とするもの、最高点を踏まなくては登ったとは言いません。測候所跡のある最高点3,776Mの剣が峰はちょうど反対側。つまりお鉢を半周しなければなりません。はるか遠くに見えます。ただたいした登りはありません。荷物をデポして向かいます。

くりちゃん相変わらずふらふらです。右へ左へ体がフラれます。後ろからこつさん、思わず手がでます。お釜に落ちても、外側に落ちてもただではすみません。まさに千鳥足です。そして、なにやらぶつぶつしゃべっています。風が強いので何を言っているのか分からないのですが、適当にうなずいていると納得しています。

山頂の小屋や富士浅間神社はもう開いていません。8月いっぱいで終わっています。トイレも使えませんのでこの時期登山する方は8合目あたりで済ませないと大変です。見通しがいい上、風が強いので自分で浴びる結果にもなりかねません。これは蛇足。

そして、最後の剣が峰の急坂をちょっとずつ登っていきます。まるでエベレストの山頂を目指す登山家のようです。

こうしてくりちゃんの初富士登山は達成されました。山頂では涙があふれるかと思いましたが、記念写真を撮っているときもボーとしていました。完全に高山病です。山頂の記憶あるのかな?

2009年8月12~13日八ヶ岳

赤岳
赤岳

 Qさんの、平日行きましょうよ、平日。の言葉にたまたま盆休みをとっていた私と妻の実家行きが中止になったコツさんの三人で八ヶ岳に行ってきました。

 午前2時に市川を出発。早朝にもかかわらず笹子トンネルで渋滞です。地震による東名の通行止めの影響です。また諏訪の出口付近では事故で一時間ほどはまるという散々な高速道となりました。料金も1000円ではありませんしね。そんなこんなで美濃戸を出発したのが6時40分になってしまいました。

 今日のコースタイムは10時間、6時前には出発したかったのに。これが第一のつまずきです。それでも阿弥陀岳までは順調に進みました。阿弥陀の山頂からは富士山やこれから縦走する赤岳から硫黄岳の稜線がはっきりとわかりました。しかしこれがいけなかった。     

 我々が泊まる予定の硫黄岳山荘ははるかかなたです。そしてその前に立ちはだかる赤岳。阿弥陀から中岳のアンブはほぼ垂直に切れ落ち中岳から先に赤岳がいちだんと大きくそびえ立っています。Qさんは完全に戦意喪失。コツさんと私は天気もいいし、めらめらと闘志が湧いてきたのに。とにかく、昼はあの赤岳をクリアーしてからと先を急ぎました。

 赤岳まで一気に行くつもりでしたが、中岳の小ピークで休憩。そしていよいよ赤岳の登りです。ここからが大変でした。Qさんの歩みが牛の様になりました。牛歩戦術に出たようです。ハイキングに来たような、御老人から孫までのファミリーにも道を譲ってしまいました。そしてその牛歩もたびたび止まります。結局、赤岳の登りにコースタイムの倍以上の時間をかけ午後1時すぎに到着。

 この時点でQさんに根負けしたかたちで硫黄岳山荘は諦めました。赤岳山頂にも山小屋はありますが、昼をとったら赤岳の肩にある赤岳展望荘に泊まることに決定しました。

 ここでさんも元気回復です。さっそくビールで乾杯といきたいところですが、このころになるとガスが出てきて山頂からはなにも見えなくなっていました。そればかりか、北西の風が強く寒いのです。風が来ない山頂直下の岩陰に隠れ簡単に昼を済ませました。

 赤岳展望荘までは視界数メールのガスの中を下っていきます。20分も下るとガスの中に突然山小屋が現れました。赤岳展望荘はけっこう有名で山岳雑誌にもよく取り上げられます。環境に配慮したトイレ、太陽光や風力発電など、バイキング形式の食事も有名です。私は知らなかったのですが風呂までありました。ただ受け付けにいた人、従業員か主人かはわかりませんが、わりと事務的で客と口をきくのもいやそうな感じの対応でした。素泊まりもゴミを残す人が多いからと断ってました。その人達が残した訳でもないのに。自炊も小屋の外で屋根もないところでやってました。また相部屋はねぶくろで個室はふとんです。いちよう9000円払っているのだからふとんに寝かせろよ!ちなみに個室は一人3000円増し。

 とにかく受け付けを済ませ寝室へいきました。真ん中が通路になり左右に二段の蚕だなです。一人分のスペースは小さな枕一個分です。枕が隙間なく並んでいます。今日はすいているので、三人で五人分くらい使いました。我々の棚には反対端に一人だけです。混みそうな時は、絶対個室がいいですね。

 風呂は一つだけで、時間で男女を分けでいます。風呂桶は五、六が入れます。洗うおことはできません。つかるだけです。しかし、汗は流せるし、体は暖まりますし、最高です。

 そして、いよいよバイキング。とは言うものの、たいしたものではなく、ごく普通のおかずをバイキング形式にしただけで種類も少なく全部とらないとさびしい夕食になります。ただ取り放題なので大食漢はありがたいでしょう。 

 食器は全て発泡スチロール製で、これも味気ないものでした。水と洗う手間を省くためなとでしょう。大量のゴミとなった発泡スチロール。作るのに石油とエネルギーを使い。燃やしても、再生しても地球に負荷がかかるのでは?環境に配慮した風力発電のプロペラは強風にもかかわらず回っていませんしね。マイバックを持って大型スーパーにマイカーで行く、かっこだけのエコと同じような気がします。近所の商店に歩いて行けよ!おっとくりちゃんが怒るかな?

 食後は、朝が早かったせいもありますが、することもないので、そうそうに就寝。

 翌朝は、昨日の午後と同じく濃いガスと強風です。硫黄岳への縦走は諦め、肩から地蔵尾根を行者小屋目指し下ることにしました。今日のQさんはすこぶる元気で先頭をきって駆け降りていきます。昨日の遅々とした歩みは演技だったかのようです。駐車場には10時前に戻り、開店そうそうのお風呂に入って市川に3時頃帰ってきました。Kai

燕岳
燕岳

2009年8月8日 燕岳登山記 (OB K遭難か!?)

 8月8日燕岳に登ってきました。市川では前日の夕方に大雨が降り、天気がちょっと心配でした。ここのところ不安定な天気が続いています。
 午前3時市川を出発。今回はQさん、コツさん、アーさん、クリさんと私の5人となりました。中央道はかなりの交通量で、渋滞はしませんでしたが勝沼までは時速80キロくらの流れでした。途中に寄ったパーキングもほぼ満車で、係員の誘導で入ってすぐの端にやっと止める状態でした。天気もイマイチで、雲におおわれ予報では夕方にまた雨です。  
 登山口となる中房温泉には予定どおり、7時頃には到着できましたが、駐車場はすでに満車。Uターンをして途中の国民宿舎の駐車場に止めることができました。多くの登山者が出発準備をしています。車も後からどんどん来ます。我々もぐずぐずしていられません。  
 登山口の中房温泉まで10分ほど車道を歩き、登山届けを提出していよいよ登山開始。いきなりの急登です。合戦小屋まで3時間ほどこの急登が続きます。先頭をお願いしたコツさんにはゆっくり登り、先行者も無理に抜かずついていくようにと頼みました。ただ休息は頻繁にとらないことにしました。あまりゆっくりしていると帰りが暗くなります。 
 30分も登ると第一ベンチと呼ばれる絶好の休息ポイントに到着。しかしここはパス。いつものえのき隊のように、亀のごとく進み兎のごとく休んでいては着きません。ゆっくり休まず進みます。
 ゆっくりとは言っても、そこそこのスピードで登っていくコツさんにさんが遅れだしました。これを我々はマッチャンになると言います。マッチャン状態になったヒーさんはしだいに口数が減り、最後には冗談も出なくなりました。出るのは屁ばかりです。大変危険な状態です。ここでヒーさんをコツさんの後ろにつけ、さんのペースに合わせて登ることにしました。
 途中、第二ベンチと富士見ベンチで休息をとり10時10分頃に合戦小屋に着きました。二回の休息を入れても2時間50分のコースタイムを10分ほどちぢめることができました。ここで合戦小屋名物スイカをいただくと、ヒーさんも元気を取り戻し危機を脱しました。
 ここからは傾斜も緩み視界も開けた快適な尾根歩きになります。しかしここでクリさんの足がつりだします。休息を入れさらにゆっくり歩くことにします。ヒーさんは喜んでいます。樹林帯を抜け展望が開けたのですがガスがかかり近くの尾根しか見えません。上空も雲に覆われいつ雨が降ってもおかしくありません。
 バテバテのQさん、足を引きずりながらのクリさんでしたが、12時前、燕山荘に着きました。だいたい予定どおりです。当初、ここから燕岳を越え北燕岳を登って東沢経由で中房温泉に下ることも考えていたのですが、躊躇なくピストンに決定。荷物をここに置いて燕岳を登ってくることにしました。
 本来ならここから槍ヶ岳をはじめ北アルプスの山々が望めるのですが雲がかかって見えません。しかし目の前の燕岳はきれいな姿を見せています。それだけでも登ってきたかいがあります。空身になると皆さん元気になり天空の散歩を楽しみながらあっさり山頂につきました。記念写真を撮り、そうそうに山頂を後にします。頭の中は冷えたビールでいっぱいです。
 燕山荘のテーブルに陣取り、自前のビールで乾杯です。ちなみに周りの皆さんは山荘の生ビールを飲んでいます。私は最初の500ミリはほとんどイッキ飲みでした。ヒーさんは食欲が無く、持参のご飯に手が付けられません。コツさんが食べています。クリさんは隣のベンチで寝てしまいました。アーさん、コツさんは絶好調です。一時間半ほどの宴会でしたが、私は出発するころに酔いがまわって動くことができませんでした。 
 あまり遅くなると戻る前に暗くなりそうなどで、皆さんには先にいってもらうことにしました。20分ほど遅れてゆっくりと下山を開始しました。午後の3時に近いのにまだまだたくさんの人が登ってきます。道を譲りながら、また花の写真を撮りながらのんびり下りていきます。
 合戦小屋に着くころには酔いも醒め、富士見ベンチで追いつくことが出来ました。このころから、いよいよ雨が降り出しました。それほど強い雨ではなかったので私とコツさんは傘、アーさんとヒーさんは雨具の上だけ、クリさんは最後まで雨具を使いませんでした。午後5時10分頃に無事、中房温泉に到着できました。ほどなくして先行したコツさんが車を廻して来てくれました。 
 帰りに穂高温泉にある国民宿舎しゃくなげ荘でお風呂に入ったのですが、ここでハプニング。駐車場から皆さんとちょっと遅れて温泉に向かった私は隣の日帰り温泉施設に入ってしまったのです。裸になり湯船につかって初めて間違いに気づきました。やはりパーティーを分けてはいけません。私は道迷い遭難をしてしまったのです。       中国分OB。

アヤメ
アヤメ

2009年7月5日 櫛形山
 南アルプスの前衛峰、櫛形山に行ってきました。かつては、東洋一のアヤメの群生地だったところです。今回の目的もアヤメだったのですが?
 駐車場に着いてみると意外に空いている。数年前は雨の中、路上駐車になるほど混んでいたのに。今日はまずまずの天気にもかかわらずガラガラです。駐車場にあるトイレに長蛇の列ができていたのが嘘のようです。平日のように人がいません。しかし、駐車場脇に数輪のアヤメが咲いており、期待が高まります。 
 先ずは山頂へ。途中に急登が一カ所ありますが、ここを頑張れば後は緩く高度を上げていくだけです。小一時間も登ると櫛形山の山頂です。サルオガセが絡まる巨木に囲まれた、広い平坦地です。山頂標識が無ければ、知らずに通り過ぎてしまうでしょう。この山頂も我々だけです。
 ここからアヤメの群生までは多少アップダウンがありますがほぼ平らです。暗い原生林を抜けると明るく開けた裸山に到着です。名前のとおり木が生えていない草原状の山です。本来なら、ここにアヤメがびっしりと咲き誇り、山全体がむらさき色になっているのですが、様子が変です。花が全く見当たりません。そればかりか草があまり伸びていないのです。隙間から地面がみえます。まるで牧草地のようです。以前はアヤメや他の高山植物で膝丈ほどに埋まっていたのに。山頂を巡る遊歩道を一回りしたのですが、アヤメを見つけることはできませんでした。蕾やそれらしい株も見当たりません。
 この後、アヤメ平にも行きましたが、結果は同じでした。結局、アヤメは駐車場にあった数本を見るだけでした。
 はっきりわかったわけではないのですが、ニホンジカやカモシカによる食害のようなのです。調査のため一部、ネットを張ってありました。しかし、時すでにおそしと言う感じでネット内にもアヤメはありませんでした。新芽を根ごと、食べられたようでネットで囲っても生えてこないようです。もう二度と元には戻らないきがします。 
 シカ達の行動も自然現象ですが、何百年もかかってできたアヤメの群生地が数年で地上から消えたことは異常です。地球規模で考えれば一瞬で蒸発したようなものです。この星は、かなりやばい状態になっているのではないでしょうか?
 霧の中にアヤメが群生する、幻想的な風景がもう二度と見られないのは残念です。しかし、巨木の原生林はまだ健在です。これだけでも後世に残したいですね。       
                                  中国分 えのきOB

伊豆別荘 2009年6月20~21日

 別荘オーナーのキョウジュ欠席のまま市川を出発。レクサスとアルファードに分乗した我々は芦ノ湖スカイラインに向かいます。今回のハイキングはスカイライン脇の三国山、箱根外輪山の一峰です。天気も上々、うまく梅雨の晴れ間に当たったようです。
 キョウジュは息子さんの調子が悪く、心配なので出発を見合わせました。様子を見て、バーベキューだけ参加のキーさん夫婦と合流して来ることになりました。ちょっと心配です。
 三国山ハイキングは膝の調子が悪いマッチャンにもなんとかなるだろうと計画したものです。芦ノ湖スカイラインと平行して遊歩道があります。スカイラインはとても眺めがいいのですが、登山道はずっと樹林の中でした。けっこうジャングルです。小鳥の声に混じり、バイクの排気音が響きます。 
 山頂も樹林の中で、展望はありません。おじさんたちはそんなことに、こだわりません。ビールさえあればいいのです。さっそく宴会。またもウルメイワシの登場です。一昨年のくさやよりいいです。イワシにさそわれた訳ではないでしょうが、小バエのような虫がたくさんいます。虫たちに追われるように、宴会も小一時間で終了。そうそうに退散です。キュウジュも、息子さんが回復したのでこちらへ向かうと連絡があり、一安心です。
 別荘に行く前に伊豆長岡で温泉につかり、マックスバリューで買出しです。栗ちゃんの社員割引が使えます。毎度のことですが、おっさんたちは買いすぎてしまいます。
 別荘に着くと、キョウジュ達はすでに準備万端。すぐ炭に火を着けます。焚き火大好きな栗ちゃんが手早く枯れ枝を集め、たちまち着火。それを眺めながらおじさん達はすでに一杯。お肉はキー夫妻が仕入れてきました。大量のタン塩が網の上に並びます。そしてカルビにウインナー、冷奴も出てきます。キーさん婦人が作った韓国料理(名前忘れた)も並びます。ビールの次は生マッコイにワインです。野菜やイカも焼きます。しかし。みんなよく食うし、よく飲むな~。感心します。
 暗くなり始めると今度はお家の中へ。交代で、また温泉につかり飲み直します。キョウジュが食後酒だと、貴腐葡萄から作ったワインとやらを出します。フランスで探し求めた物だと、うんちくをのたまいます。一般庶民はそんなことどうでもいいのです。冗談で10万くらいしたのかと聞いたら、そこまではいかないが近いと言われ、おもわず正座をして味わってしまう一般庶民です。甘かった~。宴は深夜まで続き、一人また一人と沈没していくのでした。 
 翌日は雨です。のんびりと朝風呂に入り、昨日の残りのお肉でご飯です。栗ちゃん一人が雨の中、きこりをやってます。おじさん達は窓から声援だけを送ります。キュウジュはその杉もお願いしますと上から指示をだします。大きな杉を切り倒した栗ちゃんに大きな拍手が湧きました。
 今度はキョウジュ、腕の細い久チャンをおだて、戸袋にできた鳥の巣の掃除をさせます。なかなか、人を使うのがうまいキョウジュです。
 帰りがけ、三津に魚を食べに行きました。メニューを眺めてうなっていると、キョウジュと岩チャンが大きな船盛りを頼んでくれました。すかさず我々は、一番安いアジの生き造り定食に決定。舟の中では大きな鯛が、我々の小皿の上では小さな鯵が、まだ踊っていました。
 帰りに見た、お店の水槽にはアジがいなくなっていました。生き残った鯛が恨めしそうに、にらんでいます。恋人、食っちまったかな。キョウジュ、岩チャン、ご馳走さまでした。
                                                                     中国分OB記

スズラン
スズラン

入笠山 2009年6月6日
 今回はサーさん、キューさんと私の三人だけとなりました。雨の市川を4時30分出発。関東は一日雨の予報ですが、長野は曇りとの予報を信じての出発です。中央道を諏訪南インターに向かいます。長いトンネルを抜け、甲府盆地に入ると雨がやみました。周りの山々は雲の中ですが、諏訪方面が明るいので安心しました。登山口となる御所平に7時30分着。
 人が出ないうちに、入笠湿原のスズランを見に行きます。湿原の入口まで来ると小高くなっていて湿原全体を見渡せます。どう見ても青い芝生が広がっているようにしか見えません。一瞬、こりゃ早すぎたと思いました。しかし中へ入っていくとすずらんがびっしりと生えています。ほんの20cmほどの高さしかありません。意外と小さい。それに花は葉の下に隠れるように付いています。まだ咲き始めでつぼみが多い、やはり、ちょっと早すぎたようです。今年は暖冬で花が早いので丁度いいかと思ったのですが、残念。 
 湿原をあとにして、今度は入笠山へ向かいます。御所平に戻り登山開始。しかし、汗をかく間もなくあっさり頂上に着きました。校長先生推薦の大展望はありません。真っ白いガスの中です。空気の澄んだ秋に出直しです。記念写真だけを撮って、さっさと下りてきました。
 今度は大阿原(おおあわら)湿原を見学。ミズバショウはありませんが、小さな尾瀬ヶ原と言う感じです。一周したところで昼飯にしました。今回、クーさんがいませんので、かわりにキューさんがウルメイワシを持ってきました。しかしビールを飲むのは私だけです。キューさんはイワシをおかずに白米だけの弁当を食べています。サーさんはおにぎりです。ウルメイワシはつまみでしょう。
 ひとりでいつまでも飲んでいるわけにもいかず、イワシが無くなったところで宴会終了。酔いをさましながら林道をぶらぶら駐車場に向かいます。カラマツにサルオガセが絡みつき、深山のおもむきがあります。じっさい、この林道で標高1,800メートルほどあり雲の中です。途中、放尿していると雲の切れ間からふもとの諏訪あたりが垣間見えました。
 帰りがけに富士見のゆーとろん水神の湯に浸かりました。露天風呂が気持ちよかった。今回は時間が早いのでそのまま帰宅。渋滞前に中央道を通過して市川にまだ明るい5時前に帰りました。      ウミボーズ記

ミズバショウ
ミズバショウ

尾瀬ヶ原 2009年5月24日 
 さーさん、くーさん、いわちゃん、きゅうさんを拾い市川を午前4時に出発。高速道路はガラガラです。天気予報では、朝のうち雨、昼過ぎ雷雨と言っていたので最高の登山日和です。こんな日に出かけるのはえのきの会だけです。雷よりも、くーさんがもって来たウルメイワシをどうやって焼くか?それだけが問題です。 
 渋滞も無く順調に戸倉の大きな駐車場に着きました。マイカー規制の為、乗り合いタクシーを乗り継いで鳩待峠へ7時過ぎ到着。腹具合が悪い、いわちゃんトイレばかり行っています。そのいわちゃん、今回はちゃんと登山靴を履いて来ています。それも冬用皮革重登山靴です。しかし、これが後から問題に。
 鳩待峠が今回の最高点ですので、山登りではなく山下りから始まります。心配していた雪は少なく、木道には完全にありませんでした。運動靴でも十分でした。いつもなら、もっとぐちゃぐちゃしているもので、みなさんには登山靴でくるよう指示したのは私です。ごめんなさい。
 山ノ鼻が近づくとミズバショウが現れました。ミズバショウは十分見ごろです。それにしても人が少ない。平日の尾瀬と言う感じ。時期が早いのと(例年なら6月末にならないと雪が解けない)天気予報が悪かった影響だと思います。雪解けの早い年のこの時期は狙い目です。雪が無くなれば、ミズバショウは顔を出しますし、団体ツアーはまだはじまっていません。普段なら、木道に立ち止まり写真を撮ることもままならない尾瀬です。 
 一時間程で山の鼻に到着。だれもいない、ビジターセンターでビデオ映像を見ながら休息。ここからは、平坦な木道歩きが続きます。時間もあるし、皆さんいいペースなので尾瀬ヶ原を一周して仕舞おうかと欲がでます。しかし、そんなゆとりも間もなく吹っ飛びます。
 山の鼻を出てしばらくすると、いわちゃんが休憩を要求。またトイレかとおもえば、なんと靴底がはがれて口を開けている。思わず、その靴ずっと履いてなかったでしょうと聞きますと。十年くらいかな、といたってのん気ないわちゃん。普通、減らなくても5年がビムラム底の貼り変え時期です。いい軽登山靴を買ったばかりなのに、わざわざ時代物でくるのだから。ザックも30年物だし。とにかく物持ちのいい、いわちゃんです。さっそく靴の補修にかかります。ここはいわちゃん抜かり無く、細引きやザックのストラップでなんとか靴底を留めるのに成功しました。ここで尾瀬ヶ原一周の夢はあっさり諦めます。
 ほどなくして、竜宮と東電小屋の分岐牛首に到着。竜宮で昼にするには、早過ぎるので東電小屋方向に行き、ヨッビ橋経由で竜宮に向かうことに。尾瀬ヶ原のミズバショウは山裾や川際に多く、湿原の中には意外と少ないです。時期が早い為、ミズバショウ以外の花はまだ咲き始めていません。冬枯れのままのちょっと寂しい湿原が広がります。
 ヨッピ橋の手前のベンチで休息。ここで、いわちゃんの登山靴の手直し。さーさんのガムテープや私の針金などを使い補強していきす。山を下りるまで絶対に脱げなくなりました。
 ヨッピ橋から30分ほどで竜宮十字路に到着。ちょうど11時です。いくつもあるベンチには誰もいません。去年の秋に来たときは座る場所がなくて苦労したのがうそのようです。さっそく昼の準備です。私は網の用事。さーさんは豚汁です。いつものことですが、頭が下がります。下ごしらえが大変だったことでしょう。くーさんのいわしが焼けるのも待てず、ビールで乾杯。
 いわちゃんも最近は普通に飲んでいます。胃がだいぶ再生したようです。きゅうさんは、また歯が痛いらしく、アルコールは控えています。お弁当のから揚げも食べられません。私がビールのつまみにいただきます。結局、イワシと豚汁ときゅうさんのおかずで腹がいっぱいになり、持参の食料はお持ちりになりました。
 宴会を終え、ミズバショウを見に富士見峠方面にちょっと寄りました。ここのリュウキンカは咲き始めていました。また帰り掛けには、竜宮現象を見学。(川の水が湿原に飲み込まれ、地下を通って、また湿原に湧き出す現象)そして、ゆるゆると山ノ鼻に戻ります。
 山ノ鼻からは、今回初めての登り。先頭に立ったきゅうさんが、ガンガン登ります。下りと同じくらいの時間で鳩待峠に着きました。
 帰りには、温泉に浸かり、ちょと宴会。山菜の天ぷらや岩魚の刺身は美味かった。        

                             ルパン記

2009年5月3日 根本山ハイキング記

 久しぶりに満員御礼となったハイキングでしたが、前日になってキュウさんが歯痛でドタキャン。結局7人になりました。
 今回の根本山は桐生市の北はずれ1200メートルほどの山です。明治時代までは山頂付近に根本山神社の大伽藍があり、江戸時代にはガイドブックが出るほど賑わったそうです。本来、根本山は神社のことを指し山は別の名があったようですが、今は地形図も根本山になっています。山中には今も当時の丁石や石燈籠なども残っており信仰登山が盛んだったことがうかがえます。また、この山は山頂のアカヤシオの群落が有名で、この時期山はピンクに染まります。
 二年ぶりに参加の建築設計士のアーさん、夫婦で大学山岳部出身のサーさん夫妻、たき火の好きなクーさん、ワイン好きで、時々フランス語を喋るひげの長老オーさん、癌で胃はないが、ビルやマンションを幾つもお持ちのイワちゃんを乗せ東北道を佐野インターに向かいます。ゴールデンウィークのこともあり交通量は多いですが、渋滞前に抜けることができました。 
 登山口の林道脇に車を止めいよいよ出発です。この石鴨から登るコースは簡単な尾根コースと危険な沢コースがあります。沢コースはガイドブックに経験者同伴のこととあります。経験は妻しかありませんが、ここは迷わず沢コースへ入ります。経験豊富なキュウさんが居ないのが残念です。
 コースはいきなりロープを使う岩登りです。サーさん婦人はさっさと登ってしまいました。ここで男たるもの、音を上げるわけにはいきません。長老もなんとか登って行きます。岩場を登れば普通の登山道となります。しかし沢コースのこと何回か沢を渡り返します。もと山岳会にも席を置いたイワちゃんはハイキング程度の山となめ、運動靴です。いい登山靴をもっているのに履いて来ない。結局、少し足を濡らしたみたい。本人は平気みたいなことを言ってましたが。
 おせっかいやきのクーさんは、安全の為ロープが張ってあるところを通過するさい、ロープの弛みを直したり、沢の渡渉のさいにこまかい足場の指示をしたりと忙しい。傾いた石祠を見つけると、今度はストックでまっすぐに直そうとしています。おもわず、「またよけいな事をしている」と呟くと、長老が「コラ、コラ、ばちが当たりますぞ」と黄門様のごとくさとします。
 沢を二時間半ほどつめると、源頭も近く、狭く急になってきます。鉄はしごで小滝を越え、こごみの群落を抜けるといよいよ奥の院の鎖場です。ここもサー婦人、鎖も使わずあっさり登ってしまいました。
 奥の院は現在も残っていますが、崖の先端にちょこっと乗っている感じで、床が抜けたら崖下に転落です。一人ずつ慎重に参拝します。鐘楼もあり鐘をつくこともできます。
 奥の院からは鎖場が続く急登となります。ここが皆さん一番辛かったと思います。しかし、この辺からアカヤシオの花が見られるようになりました。盛りは過ぎていましたが、まだ残っていました。
 鎖場を抜けると行者岳と呼ばれる小ピークです。ここから根本山まではアカヤシオのプロムナードと言った感じです。アカヤシオをめでながら、ゆるゆると登っていきます。
 山頂は展望も無い樹林帯の中ですが、北側の尾根にアカヤシオの群落が広がります。もう終わりかけでしたが、大勢の人が弁当を広げていました。我々は花より団子なので、ここから少し下った根本山の本宮跡に向かいます。
 本宮には現在、鳥居と小さな祠があるだけで弁当を広げるのに調度良い場所が広がります。むかしの大伽藍は明治の頃に焼失し、そのまま再建されず終わったようです。
 祠前の一等地に陣取り、いよいよ宴会の始まりです。長老は私から離れた風上に席を設けます。さすが教授。初めは冷たいビールで乾杯、そしてめいめいがおつまみを回します。私は持参のメザシを焼きます。たちまち煙りがたなびきます。イワちゃんは途中でとったこごみを茹でます。ビールの次はイワちゃんが背負ってきたワインをいただきます。ワイン通の長老は「これはなかなかいいワインだ」とのたまわきます。最後のしめはサーさんのドリップコーヒーだったと思います。このへんの記憶があいまいです。
 宴も終わり、千鳥足で熊鷹山に向かいます。途中の小ピークや十二山は全部巻いていきます。じっとしていても息が上がっているのにこれ以上無理です。最後の熊鷹山には仕方なく登ります。
 熊鷹山は大きな木も無く、展望台もある展望地です。しかし今日は曇りのうえ霞んでいて遠くはみえません。山頂は背の低いツツジ類で覆われてあと少しでオレンジやムラサキに染まるでしょう。今はまだ蕾です。
 熊鷹山からは急な登山道を一下りで林道に出ました。後は長い林道歩きが待っていました。酔いを醒ますのにはちょうどよい道です。
 帰りに桐生市内の温泉施設でまた宴会です。私は冷たい水で我慢です。そして帰りの車中でも山で残ったビールで宴会が続きました。こぼすなよ!
                            同行者K記